読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

sowaca

Selfeeling Pilates®インストラクターtoco.のblog

Selfeeling Pilates®認定インストラクター。
中野Pilates Studio Soleilにて レッスンを開催しています

こころと身体と魂をひとつに、広く深くおもしろく☆生きていきましょう◯


sowaca HOMEPAGE 【space-sowaca】
                                                                              

なんとなく。

セルフィーリングピラティスの日々

 

 寒い日がつづいていますねー。

 

 

なんかほんとうに寒いぞ、と思っていたら、

また松岡修造氏が海外にお出かけ中だったそうで、

それでかーと思ったり、思わなかったり。

 

  体調管理、という漢字は、管理、のあたりがちょっと固い気がするのですが、

身体を整えておくことは、とても大事だなあと最近実感しています。

 

 昔は、とてもがんがん「使って」いました。体。

深夜まで働いて、ごはんも食べたか食べてないのか、

いつも考え事、なので、頭はずっと「もんや〜、ずーーーん」としておりました。

 

 エネルギーが整うにつれて、体を「使う」という感覚自体が減ってゆき、いつしか冷え性もなおり、頭痛も肩こりも、気分のもやもやも治まりました。

 

 この、エネルギーが整う、というところ。。。

意識的じゃなかったのです。

なんせ、「忙しいぞ、考えることはたくさんある、これがわたしの存在の証明だぞ

という感覚でしたので、
たぶん、体が「ちょっとーもうかんべんよ」と言って、ヒーリングに連れ出してくれたり、調整のチャンスに出かけさせてくれてたんだなあと思います。

 

 

ありがとう、体。

ずっと呼んでいてくれて。

と、思います。

 

あたまで、はっきりと「これが必要だ」と気づくことが、体の声と同時に起こる人は、少ないです。

 

だから、「なんとなく」はとてもいいチャンスです◯

(じぶんが「なんとなく人間」なので特にそう思うのかも)

 

あたまは、「なんとなく」なんていやですから、

なんとなくやってみたことの、確かな効果を全力で探したい。

 

そうすると、体がお水を飲むように変化を吸収しても、気づけないことがあって。

その不安が、体にまた同じ負担をかけたり。ぐるぐるし始めます。

 

 

なので、「なんとなく」のことを、信頼してほしいな、と思います。

体の声は、ことばにするには、小川のせせらぎのようにかすかです。
言語化できないけれど、それは確かにことばです。

痛みや、固さになって現れているところに意識は向きますが、その根っこは、

小さな声でずっと呼んでいます。

 

セルフィーリングピラティスは、わたしがいいな、と思うところのひとつは

そのことばが、動きになるところ。

 

あたまが、「うごけ、こういうかたちで」という動かし方を手放し、

からだがことばとして動くことが起こります。

 

そして、あたまは、そこにちゃんとあって。

どちらも、言い合いせずにそこにあって、意識はその真ん中の「なにもなさ」にいられる感じがするのです。

 

そうすると、いろんな感覚に気づくことが起こり始めます。

からだの声が聞こえて、それがすんなり「そうだね」と思えるように。

 

だから。。。「なんとなく」あれ?と思ったら、別に理由もなくても

ちょっと行ってみたり、言ってみたり。

そして、レッスンにもきてみてくださいね。

 

あまり探さず、ただ安心して、楽しめば大丈夫なのです。

どかーん崩してしまうのは、大変です。

なので、できたら、その前に。体が呼んでいますよー。

 

 

(そして、なんとなく、の手前もあるのですが。。。それはまた書きますねー)

 

 

エネルギー(?)の話でした。

 

 

 

 

 

f:id:ootoco87:20160123140529j:plain